【生き方】老子いわく、人を知る者は智なり、己を知る者は明なり。私はローリングストーン

かぶとたいぞうです。

最近己が分かってきました。ここまで来るのに何十年もかかりました。

老子はかつて「人を知る者は智なり、己を知る者は明なり」と言いました。

私は己を知ったので明者なのかもしれませんが、そんな実感は全くありません。



智とは

「智」という字はそれ一文字で「知恵」を意味します。「仁」「義」「礼」「信」などと並んで、人の上に立つ者に必要な重要な徳目の1つでもあります。

「智」とは「人の心が分かる」という能力ですから、現代社会でもマネジメントや指導には欠かせません。人の心さえ分かれば物も売れるし相手を味方にすることもできます。

そういうことが巧みにできる人を「智者」すなわち知恵のある者と言います。

「智」は重要な力なのです。

明とは

ところで「明」とは何か。

文献によると、「明とは森羅万象、天上天下一切を見通す能力(徳)」とあります。

「明」は「智」を遥かに越える力なのです。

それほど己を知ることは難しいのです。多くの人は他人のことを知っても自分のことは知らないのです。



私は明者か

私は森羅万象も天上天下も分かりません。明日の天気さえ分からないのですから。

だから決して明を持つ者=明者ではないです。

でも最近、自分というものの正体がだんだん分かってきました。

私は何者か

簡単に言うと、私は「自由を求めて生きる人間」なのです。

人間には5つの基本的願望があると言われます。すなわち

  1. 人に認められたい
  2. 人に愛されたい
  3. 人に尊敬されたい
  4. 人のお役に立ちたい
  5. 自由でありたい

の5つです。

多くの人は上記のうち複数の願望をあわせ持ちますが、私は「自由でありたい」に集中特化して生きてきたような気がします。



初めてのひとり旅

30歳代の後半に初めてインドにひとり旅をしました。以来、私は中南米など、より遠くへ、もっと遠くへと旅に出ました。

でも私が本当に探していたのは遠くの景色ではなく、自分の心だったのです。しかしどこへ言っても見つかりませんでした。

今ようやく探がし物が見つかった

ところが、あれから30年近くたった今、ようやく探がし物が見つかった気分です。

しかも風邪をひいて寝込んだパタヤのアパートの一室で天上を見ながら見つけたのです。



転がる石に苔むさず

西洋のことわざに「転がる石に苔むさず」というものがあります。

直訳すると、渓流を転がりながら流れる石には苔(こけ)は生えないという意味です。

ローリングストーン

英語では転がる石をrolling stoneと言います。有名なロックミュージシャンのグループ名にもなっています。

苔が生えないから常にピカピカしている、とか、柔軟な生き方をしているというポジティブな意味と、誰も寄り付かない、家庭も持てない、とか、大事をなせないというネガティブな意味があるようです。

私はまさにローリングストーンなのです。



ローリングストーン=根なし草ではない

でも、ありがたいことに早く結婚して子供もでき、今では3人の孫にも恵まれています。札幌に自宅もあるし、会社も30年間経営しました。私は転職など一度もしたことがありません。

だから決して根なし草ではないのです。

私の生き方がローリングストーンなのです。

経済的にも行動的にも、なんの制約も受けずに、自分のやりたいようにする、という生き方です。

大海原まで転がっていく

これは自分が心から求めて手に入れた道なので、これからも死ぬまで変わりません。

このままずーっと大海原まで転がりながら行くと思います。

川の流れに乗ってピカピカのままで。

ごきげんよう。


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