かぶとたいぞうです。
酒を飲んでいて、ふと昔のことを思い出しました。
私は苦学生でした。学生時代には金がなく、食べるものがないのでいつも痩せて、目だけがギラギラとしているような若者でした。
学生時代、東京で
大学生の頃、私は札幌から上京して西荻窪駅から北へ徒歩20分くらいの、青梅街道近くの安いアパートで暮らしていました。
高校時代の友人がやはり上京して武蔵境に住んでおり、よく遊びに行きました。でも、その友人も金がなく、いつも安い焼酎だけでツマミはほとんどありませんでした。
夏の夜
ある夏の夜。いつものように武蔵境の友人宅を訪ねて安い焼酎を飲み始めると、友人が言いました。
「大家さんの家の庭に、ニラがいい感じに育っているんだよな」
私が「へぇー」と適当に相槌を打つと、友人が続けました。
「大家さんはあのニラを食べないのだろうか。すごく育っているのに刈り取る気配がまるでないんだ」
私がまた気のない返事をすると、友人が身を乗り出して言いました。
大家さんのニラを食おう
「大家さんが食べないのなら頂いちゃうか。幸い卵が1個だけある。油と醤油もある。炒めて卵でとじて、醤油をちょっとさせば美味しいんじゃないか」
私の目に「ニラ玉」が浮かび上がり、がぜん興味が湧いてきました。
私がさっそく行こうと言うと、はやる私を制して友人は言いました。
大家さんが寝てから取ろう
「いや、まだだ。大家さんはまだ起きている。大家さんはいつも10時半くらいに寝るから11時になったら決行しよう」
時計を見るとまだ9時。私たち2人はテレビを見ながら焼酎だけ飲んで2時間をもんもんと過ごしました。
夜の11時になりました。友人は人差し指を自分の口の前に立てて言いました。
「シだぞ。絶対に音をたてるなよ」
そーっと大家さんの庭へ
友人は右手に包丁を、左手には懐中電灯を持って階段をゆっくり降りていきました。私も友人の後に続いて音をたてずに階段を降りていきました。
大家さんの家は彼のアパートの1階です。階段を降りて左手に5、6坪くらいの庭があり、庭木や花が植えられていました。
友人は振り返り、もう一度口の前に指を立てて私に注意を促しました。そして持っている懐中電灯の光を庭の奥の方へ向けました。
大家さんのニラ
懐中電灯の光に映し出されたのはニラのようにも見えますが、私にはアヤメの葉に見えました。
友人は庭の奥に分け入り、しゃがみこんで「ニラ」に手をかけました。
私が友人のすぐ後ろまで寄って行き、小声で「それはアヤメ」と言おうとすると、友人は私を咎めるように
「シ!」
と言って、大家さんの家の窓を見たり私の方を見たりして私を制しました。私はそれ以上何も言えませんでした。
両手いっぱいに「ニラ」
友人が「ニラ」を両手いっぱいに持って私に差し出しました。私は「ニラ」を受け取り、しっかり捧げ持って階段を音をたてずに上がっていきました。
2人とも部屋に入り、ドアの鍵をかけたあと、私は友人に言いました。
これアヤメだぞ
「これアヤメだぞ」
友人は当惑したような顔をして答えました。
「うそ」
私は続けました。
「こんな、幅が2cmもあるニラなんて見たことあるか?」
友人は困った顔をして答えました。
ずいぶんよく育ったニラだと
「いやぁ、ずいぶんよく育ったニラだと」
私は言いました。
「だいたい、木や花ばかりの庭にニラを育てているわけはないだろ」
友人は申し訳なさそうな顔をして下を向いていましたが、しばらくしてぼそっと言いました。
アヤメって食べられないかな
「アヤメって食べられないかな」
私はどう反応していいかわからず、なおも黙っていると友人は続けました。
「油で炒めて卵でとじれば食べられるんじゃないかな」
私はこれ以上友人を咎めるのもかわいそうだと思い、「ニラ玉」ならぬ「アヤメ玉」を作ってあげました。
アヤメの味
結果は想像したとおり。苦くてエグくて食べられません。
2人はけっきょく「アヤメ玉」の卵だけを箸の先でつまみとって無言で食べ続けました。
めでたし、めでたし。
ごきげんよう。
【関連性の高い記事】
【かぶとたいぞう有料ノート】
この記事があなたのお役に立った場合、下の「いいね!」をクリックして頂けると、たいへんはげみになります。
【あわせて読みたい】
同じカテゴリーの最新記事5件
-
【美食】こりゃーうまい。簡単、パリパリ、日持ち、きゅうりの生ピクルスの作り方 -
パタヤではじめて知った。今までバカにしていたけど、カニかまぼこがこんなに美味しかったなんて -
【備忘録】完熟梅酒の話と、梅酒の残り梅で作る梅ジャムのレシピ。手順、ポイント、コツ、梅ジャムの使い方 -
刺し身や蕎麦にワサビをちょこんと乗っけて食べるのは、別に粋でもこだわりでもない -
日本はビールがうんと高く、「氷結」や酎ハイがすごく安いので、当然日本では酎ハイを飲む
「カブとタイ」をいつもお読みいただき、まことにありがとうございます。
著者かぶとたいぞう拝。
記事のカテゴリー/タグ情報