かぶとたいぞうです。
私が若いころ聞いた話で、私の心に強く残っている話です。しかし、これがほんとうに「いい話」なのかどうか。はっきり言って自信がありません。
でも事実を曲げて「いい話風」に作り上げる気はありません。当時、本人に聞いたとおりに話します。実話ですが、本人が特定できないよう、ところどころぼやかして話します。
25年前、北海道十勝
今から25年ぐらい前の話です。
当時私は若手の経営コンサルタントとしてそこそこ売れており、いろいろな所に講師として呼ばれていました。
地方の商工会とか業界団体などに呼ばれることもしばしばありました。
ある日、北海道の日高・十勝方面のある団体に呼ばれた時のお話です。
講演会の講師として歓迎された
2時間ぐらいの講演が終わり、その後組織の幹部、役員の人たちに囲まれて食事をしました。日高・十勝に限らず、北海道の地方の人たちは札幌から来た人を喜び、大歓迎してくれます。道東でも道北でもそうです。
食事は組織会員の方が経営する郷土料理のお店で、20人ぐらいの宴会でした。結構なごちそうが出て盛大でした。
その後2次会ということで、これまた会員が経営しているスナックに連れて行かれました。私が当時若かったからか、お年寄りの役員の方々も大喜びで遅くまで付き合ってくれました。
十勝の人はお金持ちが多く、品のある人たちばかりです。競走馬を育てている牧場主もいます。札幌とはレベル違いの金持ちもいるのですが、決して偉そうにしません。
2次会が終わって
2次会が終わって、もうそろそろお開きだろうと思っていると、幹部の1人で地元で店をやっているという人が「もう一軒だけ。ね、もう一軒だけお付き合いください」と言うのです。
結局3人ぐらいの若手(と言っても当時の私よりはみんな年上)の幹部に連れられて、遅くまでやっているスナックみたいな店に行きました。
よもやま話しをしているうちに午前1時をまわり、3人の幹部の1人が「明日早いので」と言って帰り、更にもう一人も帰りました。そして、その地元で店をやっている社長と私の2人っきりになりました。他に客はいませんでした。
夜半過ぎのスナックにて
夜半過ぎのスナック。客は社長と私の2人。ママはカウンターの奥で帳面を見ています。
ダルマの形をしたウィスキーの水割りを飲みながら、その社長の話を聞きました。
社長は若い頃から奥さんと二人三脚で店をきりもりして、今ではまぁまぁの商売になっているらしいのです。これもすべて奥さんのお陰だと言うのです。若いころからずいぶんと奥さんには苦労をさせたとしみじみ話すのです。
「うちの家内はお嬢さん育ちで、若い時に私のところに嫁いで来ましたから、世間のことは何も知らないのです。で、私が一つ一つ教えました。私の言うことを何でもよく聞きます。よくやってくれました」
私は黙って社長の話を聞いていました。
「ところで、かぶとさん、トルコって知ってますか?」
トルコって知っていますか?
私がどう答えたらいいのか迷っていると社長はニヤニヤするのです。
「今はトルコって言いませんよね。ソープランドですよ、ソープランド」
社長は前のめりになって話し出しました。私もつられて身を乗り出しました。
「私は家内と結婚する前から、よくススキノのトルコに行ってたんですよ。週に一回トルコに行くことだけが楽しみで、楽しみで」
夜半すぎのトルコ談義
社長は小声です。私も何か秘密の話を聞いているような気持ちでうなずきました。
「でね、家内と一緒になってからは、しばらくトルコに行ってなかったんです。でもねぇ、そのうちやっぱり行きたくなっちゃったんですよ」
私は神妙な顔でうなずきました。
「家内に満足できなかったとか、そんなんじゃないのです。その、何というか。やっぱりトルコっていいですよねぇ。やっぱり違いますよねぇ。そうでしょ、かぶとさん」
私は仕方なく分かったような顔をしました。
結婚してもトルコに行きたい
「でね、ある日家内に言ったんですよ。どうしてもトルコに行きたいって」
驚いた顔の私に社長は続けました。
「いや、実は家内はトルコって言っても何だか分からないのですよ。どんなところかも分からない。サウナのようなものだと勝手に理解したようなのです」
私が初めで口を開きました。
「トルコがどんな所なのか奥さんには説明しなかったのですか?」
トルコとは
「お風呂だということは説明しました。トルコ風呂と言って、もとはトルコ風のお風呂だと説明したら、理解したようです」
うーん、と唸った私に社長は言いました。
「それなら私も一緒に行きたいなぁ、と家内が言うので、男風呂しかないと言ったんですよ。そしたら分かったって。じゃぁ、あなた一人で行ってらっしゃいって。私が店番をしているからって」
話す社長の目は、奥さんの代わりに私に詫びるような目です。
「嘘をつくのは嫌だったけど、トルコで何をやるかは家内には言えませんでした。で、家内が勝手にサウナ風呂のようなものをイメージしているならそれでいいだろうと思ったのです」
ふーん、とため息をつく私に社長は続けました。
トルコへGO!
「翌日、夕方6時には仕事をすべて済ませ、家内には後は頼むと言って店を出ました。ススキノまでは車を飛ばせば2〜3時間で行けます。久しぶりのトルコはやっぱり良かったです。帰りは2時間。深夜の12時には帰ってきました」
社長は嬉しそうに、やや照れながら話を続けました。
トルコの効果
「次の日は朝からバリバリ仕事をしました。家内に悪くてね。私がいつも以上に頑張ったり家内に気を使うので、家内もトルコに行った効果だと思ったようです」
あっけにとられる私を尻目に社長の話は調子づきます。
「でね。それ以来、毎週ススキノのトルコですよ。毎週金曜日の夕方6時に出発。帰りは12時。毎週です」
愛想笑いの私に社長の話は更に盛り上がるのです。
トルコに行ってらっしゃい
「ところがですよ。ところがある時、どうしても仕事が忙しくて、トルコに行けなかった週があったんですよ。どうしても仕事上の約束があって。でねぇ、その週は気合が入らないのですよ。面白くない顔をしている私に家内がなんと言ったと思います?」
「何とおっしゃったのですか?」
「私が店を守るから、あなたはトルコに行ってらっしゃい」と言ったんですよ。
「・・・!」
「トルコに行ってらっしゃい」ですよ。
で、行ったのか
「・・・で、行ったんですか?」
「行きました」
私の顔がやや傾き始めた時、社長はすかさず続けました。
「それが、悪いことはできないものですねぇ。いやねぇ。その後もお言葉に甘えて毎週毎週トルコに通ったのですよ。家内も私がトルコに行くと生き生きとして帰ってくる、疲れが取れたようだと喜んでいたのです。ところがある日」
私はまた身を乗り出しました。
「どうしたのですか?」
トルコって本当はどういうところなの?
「ある日、家内が私に聞いてきたのです。トルコって本当はどういうところなのって」
私は黙って社長に話の続きを待ちました。
「近所の奥さんと世間話をしていて、主人が毎週ススキノのトルコに通っているって話したらしいのです。そしたら近所の奥さんが驚いて、家内に説明したらしいのです。トルコが何をする場所なのかを」
私は息を飲みました。
「どうなりましたか?」
社長の声は急にトーンが下がりました。
「すべて白状しました。そして手をついて謝りました」
「奥さんは何とおっしゃいました?」
「許してくれました。でももう2度とトルコには行かないでくれと言われました」
私は社長の目を見ながら質問しました。
社長は奥さんとの約束を守ったか?
「その後ソープランドには行きましたか?」
社長はキリッとした顔になり私にこう答えました。
「いいえ、その後10年以上経ちますが、一度も行ってません。というか、行けません。素直に私を信じている家内を、私はこれ以上騙すことができません」
私はさっきから飲みもしないでずっと握っていたグラスの水割りを一気に飲み干しました。
25年前の話は以上です。
オチのない話
この話にはオチはありません。
社長は単に「自分がいかにダメな人間か」という自虐ネタで私を笑わそうとしたのかも知れません。
でも当時若かった私にはとても強い何かが心に残ったのです。
当時40歳近くになって少しズルさを覚え始めた私には、社長と社長の奥さんの素直さ、人を信じる純粋さが眩しかったのかもしれません。
だからこの話をずっと覚えていたのだと思います。
ごきげんよう。
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著者かぶとたいぞう拝。
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