人は何かをやっていないと落ち着かないが、達磨は壁に向かって9年

かぶとたいぞうです。

コロナ禍の中でも、家にじっとしてられなくて、不要不急の外出をする人がいます。

大雪の中でも、渋滞する道を無理して走り、雪に埋まって遭難する人がいます。



どうして不要不急の外出をしなければならないのか

急用や仕事で動かざるを得ない人もいると思います。しかし、そんな人たちに混ざって意味なく動き回っている人たちも多いのではないでしょうか。

人間はどうしてだまっていられないのでしょうか。

達磨(だるま)は壁に向かって9年間

達磨(だるま)は壁に向かって9年間も無言の業をしたと伝えられています。

達磨:kabutotai.net

私達も9年とは言いませんが、1ヶ月や2ヶ月ぐらいはだまって家にてもいいのではないでしょうか。



必要な外出だけにとどめる

もちろん食料品や日用消耗品の調達のため、買い物には出なければならないでしょう。どうしてもやらなければならない仕事もあるでしょう。会わなければならない人もいるでしょう。

だけどそれ以外はだまって家にいればいいのです。

ふらっと飲みに出たり、誰かと話をしたくなるが

ふらっと飲みに出たくなったり、誰かと話をしたくなったり、街の様子を見たくなったり、そんな気持ちは私にもあります。一人でいると不安になるときもあります。誰かと話したい気持ちにもなります。

でも一人でだまっているのも修行です。



9年間も壁を見つめた達磨は暇人だったのか

9年間も壁に向かって無言の業を勤めた達磨はよほどの暇人だったのか。

いいえ。結構な高層です。禅宗の祖師です。

そんな高僧が9年間も壁に向かって修行し、そして開眼したのです。

私たちは無駄な動きが多すぎる

私たち凡夫はちょこちょこと動き回っているだけで、結局は大したことは何もできません。何もしなかったのと同じなのです。無駄な動きばかりです。回し車の中を走り続けるハツカネズミとそれほど変わりません。

人生の中で一回ぐらいは、まったく動かず一人で黙って壁を見続けるような修行をしてもいいのではないでしょうか。



人生は短いが無駄な動きばかりだとあっという間に終わる

人生は長いようで短いと言われています。でも人生100年と言われる今、無駄な動きをするぐらいならコロナ禍を好機ととらえ、一人になって今までの人生とこれからの人生を考えたり、死ぬまでに何をするかを考えたりするのもいいのではないでしょうか。

私はそうしています。

ごきげんよう。


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