かぶとたいぞうです。
吉村昭氏の「総員起シ」を読みました。面白かったです。
吉村昭氏の作品は北海道のヒグマ事件を書いた「熊嵐」を先に読み、興味をもって今回は戦中戦後を題材にした「総員起シ」を読んだのでした。
戦争ドキュメンタリー
相変わらず史実、事実を克明に調べ上げ、インタビューを重ねて正確に書いているので、どちらかと言うとドキュメンタリーに近い内容です。
時折「私」という表現が出てくるので、「私」とは誰なのか考えましたが、「私」とは吉村昭氏自身のことのようです。小説っぽい書き方ではありますが、やっぱりドキュメンタリーなのです。
北海道の話も
私の故郷である北海道の話も多く、たいへん勉強になりました。
戦時下の静内、浦河、様似辺りの漁村の話、増毛、留萌、別苅辺りのニシン漁場の話、戦中の樺太の話なども面白く、始めて知ったことも多かったです。
第二次世界大戦は東京も大空襲で大変でしたが、北海道や沖縄など辺境の地がもっとも過酷な戦場だったのですね。
戦争がいかに非情で人間の心を破壊するか
戦争がいかに非情で人間の心を破壊し人間を不幸にするか、よく分かりました。戦争はあってはならないと改めて強く思いました。
犠牲者や関係者の人数や氏名、死因や状況などをこれでもかというくらい細かく正確に調べ上げ記録しているため、小説としてはいささか冗長に思える部分もありますが、記録ものとしては価値があり遺族の方々も喜んでいらっしゃることと思います。
おすすめ
短編5部の構成なので読みやすく、分厚い本っですがけっこう一気に読めました。
読書のあまり得意でない私でも3日くらいで読みきりました。
良書なのでおすすめいたします。
第3部「鳥の浜」
第3部「鳥の浜」では、ポツダム宣言受託後、樺太から命辛々引き上げてきた日本の避難民が国籍不明の潜水艦の攻撃で沈没され、泳いで逃げた人たちも執拗に機関銃で撃ち殺されるというショッキングな事件が紹介されています。
それも1件や2件ではありません。
どうにか逃げ帰った少数の人たちの話をもとに物語は展開するのですが、最後まで攻撃した潜水艦の国籍は明かされません。
犯人は誰だ
少数の人たちが乗って逃げた小舟に弾痕が見つかっているのだから、めり込んだ玉を調べればどの国の潜水艦なのか容易に判断できそうなものですが、いっさい書かれていません。
他にも死者の名誉を気遣って名前を伏せたり曖昧に書いている部分があるので、きっと吉村昭氏は知っていても書かなかったのでしょう。
ロシア
ロシアの突然の宣戦布告と攻撃で千人を越える避難民を乗せて樺太から日本に逃げ帰った引き揚げ船。稚内経由で小樽に向かっていました。それを執拗に追尾して留萌沖で魚雷を打ちこんで沈めた国籍不明の潜水艦。必死で海に飛び込んだ避難民を皆殺しにするために海上に浮揚して機関銃を打ちまくったのです。そして海に消え、日本の避難民を乗せた別の引き揚げ船を追い、次々に沈めたのです。
どれだけ日本人を恨んでいたのか
どれだけ日本人を恨んでいたのか。どれだけ日本人を殺したかったのか。どこの国の人なのか。どんないきさつがあったのか。
作中の登場人物は「米国の潜水艦ではあるまい」と言っています。ではどこの潜水艦なのか。生存者は浮いてきた潜水艦の形を見たはずです。
犯人を捜すより二度と戦争をしないことのほうが大事
潜水艦の国籍が明かされなかったのは少し残念ですが、今さら明らかにして憎んだり抗議しても仕方のないこと。戦争とはそんなものだ。そう解釈すれば良いのでしょう。
そう、犯人を捜すより二度と戦争をしないことのほうが大事なのです。
ごきげんよう。
【関連性の高い記事】
【かぶとたいぞう有料ノート】
【あわせて読みたい】
同じカテゴリーの最新記事5件
-
【書評】「赤ひげ診療譚」(山本周五郎)を読んで(黒澤明監督の映画「赤ひげ」の原作) -
手塚治虫の「火の鳥」。昔はよく懐かしく思ったが、今は、ふとしたシーンを思い出して泣けてくる -
「みんなのため」とは男にとっては「社会のため」だが、女にとっては「自分と子供のため」(書評) -
【書評】堺屋太一「三度目の日本」を読んで
「カブとタイ」をいつもお読みいただき、まことにありがとうございます。
著者かぶとたいぞう拝。
記事のカテゴリー/タグ情報