星一徹とチキンラーメンと北海道のインスタントラーメン事情

かぶとたいぞうです。

今日は書くことがないので、昔懐かしいテレビアニメ「巨人の星」の星一徹(ほしいってつ)とチキンラーメンにまつわる話を書きます。





巨人の星の主人公、星飛雄馬の父、星一徹

当時人気だったスポーツ根性テレビアニメ「巨人の星」。当時の子供は誰もが見ていました。主人公の星飛雄馬(ほし ひゅうま)の父が星一徹です。

星一徹は戦前の巨人軍で名三塁手をつとめ、川上哲治の親友。戦争で肩を壊して引退し、工事現場で働く苦労人です。息子の飛雄馬を巨人軍の名投手に育てるのが夢でした。

星一徹は怒るとちゃぶ台をひっくり返すことで有名ですが、この星一徹が一人静かにチキンラーメンを食べるシーンがありました。

星一徹が食べたチキンラーメンは北海道には無かった

北海道の人しか知らないことですが、実は当時、北海道にはチキンラーメンは売っていませんでした。

チキンラーメンは1958年に日清食品が発明した世界初のインスタントラーメンです。

巨人の星のテレビシリーズが始まったのは1968年ですから、チキンラーメンが世に出て10年は経っていました。

しかし、北海道に限ってはチキンラーメンが普及せず、その後各社から発売されたゆでるタイプの袋入りラーメンが主流となりました。ゆでるタイプのほうが美味しかったからかもしれません。



北海道はマルちゃんの「ゆでるタイプ」が主流

特に1964年に札幌市内に大きなラーメン工場を作った東洋水産の「マルちゃんシリーズ」が一番普及していました。マルちゃんは今でも北海道のインスタンントラーメンの定番です。ついで1966年から発売されたサンヨー食品の「札幌一番」も普及しました。

その他、明星の「チャルメラ」、エースコックの「ワンタンメン」なども札幌では早くから流通していましたので、チキンラーメンだけが流通網を持たなかったとは思えません。

さらに、同じ日清食品の、ゆでるタイプの袋入りインスタントラーメン「出前一丁」は既に札幌にもありましたから、何らかの理由でチキンラーメンだけが流通してなかったのです。

星一徹の食べ方は衝撃的だった

さて、巨人の星の話にもどします。

星一徹はラーメンの袋を開け、インスタント麺をどんぶりに入れて、やかんのお湯をかけます。そして、おもむろに少しまぜてから麺をハシですくい上げ、そのまま食べたのです。

チキンラーメンを知らない私には、星一徹の食べ方は衝撃的でした。

「星一徹はさすがに苦労人だ。インスタントラーメンを煮ることもなく、お湯を注ぐだけで、しかも粉スープも入れずに食べている!」

私もまねをしたくなりました。母がやめろというのも聞かず、マルちゃんのダブルラーメンの1つを袋から取り出し、どんぶりに入れて熱湯を注ぎ、粉スープも入れずに食べてみました。しかし、これがまずい。

どうすれば味の無い、しかも硬いインスタントラーメンを食べることができるのか。

星一徹はやっぱりただ者ではないと思いました。自分もいつかは星一徹のように、ゆでないインスタントラーメンを食べることができるようになりたい。



10年後にチキンラーメンを知った

それから10年。チキンラーメンの存在を知ったのは、1980年近くになってからです。高校の同級生で京都から転校してきた人がいました。彼と食べ物のことでいろいろ雑談しているときにチキンラーメンの話になりました。

「札幌にはどうしてチキンラーメンが売ってないのか」との彼の問いに答えることができず、チキンラーメンとはどんなラーメンなのか詳細に聞きました。そして

「星一徹が食べていたやつだ!」と分かったのです。

10年来の謎が解けた瞬間でした。

それからさらに10年近くたって、どういうわけか札幌でもチキンラーメンが売られるようになりました。

初めて食べたチキンラーメン

私は30歳くらいになってはじめてチキンラーメンを食べることができました。それほど美味しいとは思いませんでしたが、こどものころからあこがれていた、星一徹の食べ方がやっとできたので感激しました。

チキンラーメンは今でも札幌に売っています。そしてチキンラーメンの袋を見るたびに、星一徹を思い出します。

ごきげんよう。


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