【人を見抜く】苦労話をする人に本当の苦労人はいない

かぶとたいぞうです。

私は今までいろいろな人を見てきました。人を見る目も少しずつ養われてきたと思います。

私の体験上はっきり言えるのは、身の上の苦労話をする人に本当の苦労人はいない、ということです。



人のことを「苦労が足りない」と言う人も同様

人のことを「苦労が足りない」と言う人も同様です。相手の苦労に比べたら自分の方がいっぱい苦労してきたと暗に言っているのです。そのような人に本当の苦労人はいません。断言できます。



本当の苦労人は、苦労の体験を人に言うことは決してありません。何かの参考のために体験談を言うことはあります。でも本人は苦労とは思っていないので、いわゆる「苦労話」にはなりません。決して「苦労した」とは言わないのです。まちがっても苦労を自慢することはありません。

たいていはその人の家族や兄弟、親戚、幼馴染などからその人の苦労を聞かされて、苦労人だということが分かります。

真の苦労人は苦労を苦労とは思っていない

しかし、本人に聞くと「まったくそんなことはない、大げさだ」と否定します。「みんなもしていること」、「誰だって似たような体験はあるはず」と言って苦労とは思っていないのです。

それどころか、「いい体験をした」、「いい勉強になった」と言ってすがすがしく笑うのです。

どんな体験でも、つまらない人、被害者意識の高い人には「ひどい目にあった」、「苦労した」という記憶として残り、前向きな人には「いい勉強になった」という記憶になるのだと思います。

苦労をいっぱい重ねてきた人には苦労が苦労ではなくなります。全て勉強になり、人生の糧になります。



苦労話をよくする人は苦労に慣れてない人

いっぽう、あまり苦労をしたことの無い人は、ちょっとした苦労を受け入れることができず、否定して、自分の不運を呪い、どうして自分だけと悩みに悩んで、大げさに人に言うのです。苦労したことが無い証拠です。

苦労かどうかはその人の感じ方によります。その人の主観です。

もうお分かりのように、苦労話をよくする人は客観的に見て、苦労をあまりしたことの無い人、苦労に慣れていない人、つまらない人、被害者意識の高い人、否定的な人である可能性が高いです。人に対し「苦労が足りない」という人も同じです。

苦労とは無縁のようなふるまいの人の中に真の苦労人がいる

苦労とは全く無縁のような振る舞いをしている人の中に、本当に苦労してきた人がいる可能性が高いです。

ちなみに私は順調にやってこれたので、人生全般あまり苦労はしていません。いままで実に幸運に恵まれた人生でした。

これからもそうであることを望みます。

あなたはどうですか?苦労しましたか、あまり苦労をしていませんか。

ごきげんよう。


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著者かぶとたいぞう拝。


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