かぶとたいぞうです。
コーヒーが飲めなかった私が、40年ぶりにコーヒーを飲めるようになった話は、以前書きました。
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あれ以来、毎日コーヒーを飲んでいます。やっぱり、コーヒーは美味しいです。
コーヒーの味は40年前とまったく変わらない
コーヒーを飲んでいて、いつもしみじみ思うのは、コーヒーの味が40年前とまったく変わっていないことです。それがうれしいのです。
私はコーヒーの味が嫌いでコーヒーをやめたのではありません。言わばドクターストップでやめたのです。コーヒーは好きでした。好きで好きで飲み過ぎたのです。
中学生の頃は、街に行くたびに三越に寄り、コーヒー豆を買いました。いま思えばマセたガキです。
色々な種類の豆を試しましたが、結局行き着いたのは、モカとキリマンジャロでした。値段的にも当時中学生の私には相応でした。
飲みかたも色々試しましたが、結局行き着いたのは、あっさりと紙ドリップで落とすやりかたでした。雑味無く、自然の風味だけがにじみ出てくる感じです。
なんちゃってコーヒー通ではなく、思いっきりコーヒーにハマったタイプの私ですから、コーヒーの味は誰よりも分かるのです。
そういうタイプの人が40年間もコーヒーをやめるというケースは希だと思います。
中学生の頃の純真な味覚芽(みかくが)の記憶がしっかり残っています。
その私が40年ぶりにコーヒーを飲んで、40年前とまったく同じ味だと感じたのですから、コーヒーの味は変わってないのです。
人間は、ほんのちょっとずつの変化には気づかないことがあります。しかし、私はコーヒーに関しては40年間時間を止めていたのと同じなので、変化があれば気づきます。
いま私はキリマンジャロを飲みながらブログを書いています。市販のドリッパー型バッグをカップに乗せてお湯を注いだだけです。昔と違って簡単便利ですが、味は昔とまったく変わりません。
モカも40年前のモカの味とまったく同じです。
変わらないことの貴重さ嬉しさ
コーヒー豆は自然の物だし、焙煎方法も昔と同じなので変わりようがないのだと思います。
でも、変わっていないということは、とても嬉しいことなのです。あの頃の事、あの頃の風景、懐かしい思い出が、コーヒーの香りと共によみがえります。
もし久しぶりに飲んだコーヒーが、昔と違う味だったら「コーヒーの味もずいぶん変わったなぁ」と思ってがっかりしたでしょう。
味が変わらないということは当たり前のことのように思いますが、実は希少であり貴重なのです。
加工食品は嗜好の変化に応じて、味がどんどん変わります。昔の味と違うのです。
農作物など自然の物でも、味が変わった物はたくさんあります。もう、昔のあの青臭いような、酸っぱいトマトはどこに行っても食べられません(イタリアには似たのがありましたが)。
コーヒーはおそらく太古の昔から同じ味なのでしょう。この味が好きな人が世界中にいるので、味を変える事なんて誰にも許されないのでしょう。
世の中どんどん変わっていきますが、コーヒーの味だけは、これからも変わらないでいてほしいです。
ごきげんよう。
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著者かぶとたいぞう拝。
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