かぶとたいぞうです。
若い頃、友人らと議論したことがあります。
「人間は食うために生きるのか」
「それとも、生きるために食うのか」
どちらも正しそうですが、若い頃の私は断然後者の立場でした。
人生には目的があるべき
生きることが目的で食うことは手段だと考えるほうが理論的だし、自分の生き方に合っているように思えたからです。食うために生きるのは惨めな感じがしました。
人生には目的があるべきで、その目的を達成するために生き、そしてそのためには食わなければならないと考えたのです。
ところが
ところが本当は「食うために生きる」人がほとんどで、私自身もうっかりするとそうなるような気もしていました。
もし働かなくても食っていけるようになったら、ほとんどの人は働かなくなるでしょう。
私たちの人生
私たちは何か目的があって生まれてきたのではありません。自分の意思で生まれてきたわけでもありません。
ものごころがついた時には既に生きていて、お腹が減れば食べ物が欲しくなる。美味しいものを食べたら嬉しくなり、また食べたくなる。そんなことの繰り返しでした。
おやつが食べたいから母親の言うことをきいて、勉強もする。生きる目的はほとんど食べることであり、その他のことは食べるための手段に過ぎませんでした。
そのうちに
そのうちに小学校に入り異性への興味関心が芽生えて、それから後の人生は、食うことと女性を追うことに終始していたように思います。仕事も何もかも、美味しいものを食べて良い女と付き合うための手段だったようにも思えるのです。
「仕事は単にお金を稼ぐための手段ではない。人間は仕事を通じて他人と出合い、仕事を通じて人間が磨かれていく」
私自身、口ではそう言っていたし、自分でもそう思うようにしていましたが、やはり大きな動機付けは食うことと女性でした。
2大本能
うまいものを食って女にモテたいから頑張ってきたように思うのです。2大本能です。
今の私はどうか。
今の私は年金と米国株の配当で十分な収入があり、足ることを知ったので支出は少なく、毎月お金が余ります。
仕事は今でも単に生きるための手段ではなく、仕事を通じて人間は成長すると思っています。しかし、私は若い時に人の3倍も仕事をしたからもう十分なのです。
もう働く必要もないし、働く気もありません。
今の自分に問う
美味しいものを食べたいか。
それがそんなに食べたくもないのです。食べる必要もありません。ひとりでごちそうを食べても楽しくないですし。
女にモテたいか。
お金を使えばモテることは分かっていますが、それほどモテたいという気が起こりません。もう面倒だし、どうせモテているのは私自身ではなく、お金がモテているだけです。そしてお金を持っている男に興味のある女は男のお金にしか興味がありません。そう思うと腹もたちます。もっと私自身がモテるようになりたいです。お金に興味がない女性にならモテたいです。
他に楽しみは
じゃぁ、何か他に楽しみはないか。お金を増やすのはどうか。
お金が増えるのを眺めるのは楽しいかもしれませんが、使う必要のないお金が増えてもあまり意味がありません。
今の私は何事もなく、ただ毎日が平和であればそれで楽しいのです。
歳をとって全体的に体力、気力が衰えたのかも知れません。
何か大きな楽しみを見つけるとしたら
しかし、もう欲があまりないのなら、2大本能に次ぐ第3の本能、つまり「社会貢献の本能」に焦点を当てたほうが楽しいのではないかと思うのです。
札幌市北区拓北に、本気で「こども食堂」をやっている若い料理人がいます。近所のおばさんたちも手伝っています。
去年2回訪問して活動内容が分かりました。
今年も帰国したら行ってみます。
こども食堂の手伝い
子供は日本の宝です。「こども食堂」は私も関心がありましたが、自分自身がやるのはとても大変そうでした。だから本気でやっている人がいたら手伝いたいと思っていました。
今年はちょっと本格的に手伝ってみようと思います。
案外、そんな活動をしているほうが、ご飯を美味しく食べられて、おばさんたちにもモテるかも知れません。
後日談はいつかこのブログで報告します。
帰国が少し楽しみになりました。
ごきげんよう。
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著者かぶとたいぞう拝。
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