かぶとたいぞうです。
2023年。
今からちょうど3年前でした。
小学校の恩師
不意に小学校の恩師を訪ねたくなりました。恩師にはとても助けられました。どれだけ感謝しても感謝しきれません。パタヤのアパートで私は恩師を思い出して、会いたくて会いたくて、たまらなくなりました。
先生が生きているうちにお会いして、ひと言感謝の気持ちを伝えたかったのです。
同じ年の6月。パタヤから札幌へ戻り、車を持っている同級生を誘い、すぐに先生の家を訪ねました。
先生に伝えた
そして先生に伝えました。
「先生は私にとって命の恩人です。お陰でどうにかそこそこまともな暮らしができています。今は仕事をすべて辞めてパタヤでのんびりと暮らしています。すべて先生のお陰です。ありがとうございました」
先生は喜んでくれた
先生はとても喜んでくれました。私も嬉しかったです。先生と久しぶりに親しくお話ができました。
先生は私のパタヤでの暮らしに興味があるようで、アパートの家賃だとかタイの物価だとかを説明しました。奥さまも興味深く聞いてくれて喜んでくれました。
先生はその後すぐに他界されました。
その後
先生が他界された後、小学校の同級生が集まり、先生を偲んで酒を飲んだり、墓参りに行こうとか相談しているようでしたが、私は偲ぶ会にも墓参りにも行きませんでした。
親しい友人が墓参りに行こうと何回も誘うので私は彼に言いました。
「私は墓参りには行かないよ。先生が生きているうちに会えたから。そして伝えたい思いを先生に伝えることができたから。墓参りには行かなくていいんだ」
友人は納得してくれたようです。
どうして生きているうちに会わなかったのか
先生が亡くなる直前に私と会っていたことを知った他の同級生からいろいろ聞かれました。そして自分も先生に会いたかったと私に言いました。
会いたかったなら、どうして生きているうちに会わなかったのか。同じ札幌にいるのに。
私はそう言いかけて止めました。いろいろ事情があるのでしょう。
でも
でも、本当に会いたいなら、やっぱり生きているうちに会ったほうがいいです。
先生が亡くなる1年前に私の母が他界した時も同じことを思いました。
人はどうして相手が生きているうちに会ったり感謝したりしないで、死んでからあわてて会ったり感謝したりするのか。
遅すぎます。
死んでから伝えても遅すぎる
読者のかたの中で思い当たる人がいらっしゃいましたら、相手が生きているうちに会ったほうが良いですよ。そしてひと言「ありがとう」と伝えたら良いですよ。
死んでから伝えても遅すぎます。
ごきげんよう。
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著者かぶとたいぞう拝。
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