かぶとたいぞうです。
いつも同じようなことを書いておりますが、神さま仏さまは素直に感謝する人がお好きなようです。求めるばかりの人はお嫌いなようです。
感謝すれば感謝するほど、もっと感謝しなければならない事態になります。運がどんどん好転し良いことずくめになります。
感謝しない人
いっぽう、良いことが起きても当然のように思い、実力だと思い、自信満々に自慢し、感謝する気持ちなど微塵も持たない人は、どんどん運が悪くなります。
世の中には求めるばかりで感謝もせず、もっともっとと欲張る人がいます。神さま、仏さまはそういう人が大嫌いなようで、いくら求めても応じてくれません。それどころか、苦労の足りない人だと判断して重くて厳しい試練を与えるようです。
無間地獄
貪欲に求める人は、神さま、仏さまを逆恨みし、ののしり、自分の不運をなげきます。でも神さま、仏さまは無視します。そして、これでもか、これでもかと苦しみを与え続けるのです。終わりのない苦しみです。
無間地獄です。無間地獄はあの世にあるものではなく、この世に存在するものなのです。
どうして自分ばかり不運が続くのか
「どうして自分ばかり不運が続くのか」
そう思って生き続けるのです。
神さま、仏さま優しいだけではありません。とてつもなく厳しい面もお持ちなのです。
決して逃れることはできません。
求めよ、さらば与えられん
「求めよ、さらば与えられん」は、新約聖書(マタイによる福音書)にあるイエス・キリストの言葉ですが、求めさえすれば努力なしに何でも与えられるという意味ではありません。
熱心に求め、行動するならば、必ず道は開かれ、成果が得られるという意味なのです。与えられるのを待つのではなく、自ら積極的に動くことの大切さを説いた言葉なのです。
例えば
資格試験に合格したいなら、合格したいと熱心に思い、そしてひたすら勉強し、不合格になっても諦めずに求め続けて再挑戦し、寝ないで勉強する。そうすればいつかは合格するだろう、という意味なのです。
勉強もせずに、ただ神仏に願をかけて祈ったり願ったりしても、決して合格などしないのです。当たり前です。
願っただけで合格するのなら誰も苦労しませんし、ずるい人が得をする世の中になってしまいます。それではダメです。人間が進化も成長もしません。
だから、お百度参りをしても、お千度参りをしても、それだけでは決して合格しません。
実力で合格して、かつ感謝する
ひたすら努力し、ひたむきに勉強し、自分の実力で正々堂々と合格するのです。そして合格した後に神仏に手を合わせ、自分の幸運に感謝するのです。
自分が熱心に勉強できたのも、試験当日に体調が良かったのも、自分の得意な問題が出題されたのも、すべて神さま、仏さまのお陰だと思って感謝するのです。自分の実力だけではうまくいかなかっただろうと謙虚な気持ちで感謝するのです。
神さま仏さまは、そういう人が大好きなのです。そして毎回幸運を授けてくれるのです。
人生好転
感謝すれば感謝するほど幸運が舞い込んで、感謝せざるを得ない気持ちになるのです。
その喜びを人にも分けたいと思い、ごちそうを振る舞ったり、人に親切にするから、神さま仏さまのみならず、周りの人からも好かれて幸せな人生をおくるのです。
私の目指す道です。
ごきげんよう。
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著者かぶとたいぞう拝。
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