【死後の世界】死んだ後どうなるかなんて、誰にも分からない。でも私はこう思う

かぶとたいぞうです。

死んだ後、自分がどうなるかなんて誰にも分かりません。知っているという人がいたら、間違いなく嘘つきです。

一度死んだことがある、なんて人はいないからです。



死後の世界を想像する

死にそうになったことなら私にもあります。そのときの体験をベースに死後の世界を想像することはできます。でもそれは単なる想像で夢と同じようなものです。

科学的に考えると、きっと死んだら無になると思います。意識も記憶も感覚も想念も何も無いと思います。

それを前提に、私が思うことを書きます。

私の思う死後の世界

人は死んだらすぐに生まれ変わると思っています。矛盾しているようですが、そう思います。

死んだ後、天国とか地獄とかといった「あの世」の世界に行くのではなく、すぐに「この世」に生まれ変わるのです。だから死後の世界は無いと思います。

なんかそんなふうに感じるのです。

まったく科学的でありませんが、妙な確信があります。



少し科学的に説明すると

死んでから何百年も何千年も、あるいは何万年も無の状態が続き、その間は意識がないので時間という概念も無く、次に生まれ変わった時にはその何万年もの間が一瞬に感じるのだと思います。

例えるなら、熟睡した朝に目が覚め、寝ていた時間が一瞬に感じるようなものです。

いや、意識がないので感じることすらできませんが、逆に何万年も待たされたという感覚もないと思います。意識も想念もすべてクリアされて新しく生まれてくると思うのです。

なんか確信しています。理由は私にも分かりません。

だから正しく生きる。楽しく生きる

だから私は死を恐れません。正しく生きて、この世を充分楽しんで、タイミングよく死ねたら本望です。

そして死んだ直後に(実際には何万年もたっているかもしれませんが)新しい命として生まれてくると思います。

それを何回も何回も繰り返すのだろうと思います。今までもこれからも。

だからこそ一回一回の一生を正しく生きたいのです。



人生は夢であり旅である

人生は夢のようなものです。だからどんなに悪いことをしても、どんなに破廉恥なことをしても覚めてしまえば無かったことになるのかもしれません。

でも、私はだからこそ毎回正しく生きたいのです、

旅先だからと恥をかき捨てにしたくはありません。たとえ夢だろうと旅先だろうと、パタヤであろうと、正しく生きます。

素直に前向きに生き、嘘をつかず、約束を守り、感謝し、少しでも人の役に立つことをしたいです。

自分のため

自分のためです。自己満足のためです。

私にとっては、正しく生きると楽しく生きるは同じことなのです。

私自身がそういう人物になりたいし、そういう人生をおくりたいと思っているからです。そうなると楽しいからです。

誰のためでもありません。



毎回楽しく生きる

なんの後悔も無く、清々しい気持ちで臨終を迎えたいからです。

そしてすべてクリアになって、また別の人生を歩むのでしょうが、そこでも私は正しく生きたいです。

すべて自分のためです。

毎回の人生を楽しむためです。

私の人生では、私は悪役とか道化役ではなく、真の主人公だからです。

ごきげんよう。


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著者かぶとたいぞう拝。


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