【米国株】ロッキード・マーティンの株を持っているのは「よだれを垂らして戦争を待っている」からではない

かぶとたいぞうです。

むかし、岡林信康を尊敬し、少なからず影響を受けました。

岡林信康の楽曲に「ガイコツの唄」というのがあります。

“ガ~イコツがケラケラ笑ってこう言った~”から始まる語り調の歌で、途中にこういう歌詞が入ります。

“よーだれ垂らして戦争待ってる、資本家センセイ”



当時中学生だった私

当時中学生だった私は、「資本家は戦争を欲しているのかぁ。どうしてだろう。戦争が起きれば武器弾薬、戦争関連物資などが売れて高騰し、儲かるからかなぁ」と考えました。

ちょうど社会科の歴史で朝鮮戦争特需に関して学んだ頃でした。

大人になって米国株をやりはじめて、ロッキード・マーティンの株を買った時、私はガイコツの唄を思い出しました。

私も戦争を欲している者と見なされるのかぁ

「そうか、ロッキード・マーティンの株を持つということは戦争を欲していると世間から見なされるのかぁ」と思いました。

実際は逆なのです。

私の主力株は食品や日用消耗品など、平和な時代に売れる生活関連の地味な株ばかりです。

それらの会社は世の中が平和だからこそ繁栄するのです。ひとたび戦争が起きれば、生産も流通も販売もめちゃくちゃにされます。

でも戦争はいつ起きるか分かりません。それでリスクヘッジのために戦争株も少しだけ買っておいたのです。戦争が起きて何もかも失った時に、戦争株だけが残るような気がしたからです。



天候デリバティブで雨にかけるのは

天候デリバティブで雨が降ったらお金が入る方にかけるのは、なにも雨が降るのを望んでいるからではありません。万が一にも雨が降ったら困るから、保険のために雨にかけるのです。

そういうことは、理解できる人にはすぐ理解できますが、金融知識やリスクヘッジなどの感覚の乏しい人には、なかなか理解できないかもしれません。

武器弾薬に関してもそうです。武器は悪いといいますが、武器を持つことが戦争回避の唯一の手段だという考え方もあるのです。

武器が戦争を回避する?

むかし米国がアフリカ大陸に張り付いていた頃は平和だったのに、米国が手を引いたとたんにアフリカ人同士が殺しあいました。米国の強力な軍隊が去った後、彼らはナタで殺しあったのです。他民族を皆殺しにしたのです。「ホテル・ルアンダ」です。

強力な武器が無いから素手で殺しあったのです。どちらかが強力な武器を持っていればあのような皆殺し事件は起きなかったのではないかと思います。



核兵器

特に核兵器を持っている国には誰もうかつに手を出しません。そういう点では北朝鮮は利口だと思うのです。北朝鮮は他国を攻めるために核兵器を作ったのではなく、他国から攻め込まれないように核兵器を作ったのではないかと思います。

平和主義もいいですが、ただ戦争反対、武器を持つことも反対、と言っていても、攻め込まれる時は攻め込まれます。丸腰だと皆殺しにされます。

こういうことは、小さい頃に大勢から袋叩きにされた経験をもつ者にしか分からないと思います。こちらが無抵抗なら相手は手を緩めるのではなく、死ぬまで殴り蹴り踏み潰すのです。

戦争はなくならない

戦争はなくならないのです。人類の歴史は戦争の歴史です。平和が81年も続いた国は希です。いつまた戦争が起きるか分かりません。人間は野蛮です。野蛮でない民族は全て攻め滅ぼされました。

日本は日本人の手で守らなければならないし、私の財産は私自身の手で守らなくてはなりません。誰も助けてくれません。誰も責任をとってくれません。



誰も戦争を望んでいない

よだれを垂らして戦争を待っているわけではないのです。むしろ、戦争に巻き込まれたくないから保険をかけているのです。

当時岡林信康は20歳代。「26番目の秋」を歌うずっと前だから、当時は二十歳(はたち)過ぎの青年です。

資本家は全て戦争を欲していると思ったのでしょう。特に軍需産業の株を持つ者は金金亡者(かねかねもうじゃ)のヒヒジジイに見えたのでしょう。

左翼思想が流行り学生はみんなヘルメットをかぶった時代です。ベトナム戦争の大義を疑った時代です。資本家が戦争を起こしていると思ったのでしょう。

戦争で得をする人などいない

でも、戦争なんて誰も得をしません。ひとたび戦争が起きてしまえばみんなが困ります。みんな不幸せになってしまいます。毎日毎晩恐ろしくて眠れません。みんなうつ病になってしまいます。全ての自由を失い、私有財産は全て没収です。

暑い中、蚊に刺されて、なにも食うものがなく、ひたすら歩かされます。寒い中、火もなく、じっと凍えながら洞穴の中で敵を待つのです。

そして最悪の場合、自分も家族もみんな死にます。資本家だって死ぬのです。



よだれを垂らして戦争を待つなんてあり得ない

だれが戦争を望むものですか。よだれを垂らして戦争を待つなんてあり得ないのです。

戦争は絶対に起こしてはなりません。誰も望みません。戦争は悪です。

ただ、いつ相手が攻めてくるか分からないので、しっかり見張って、しっかり戸締まりをして、対抗手段を入念に準備しなければならないのです。

お花畑で鼻唄を唄いながら平和主義を唱えているだけの人は無責任だと思います。平和のただ乗りです。

平和には代償が必要

平和は自分達の手でコストをかけて獲得するものであって、ただで手に入ると思ったら大間違いです。

スイスだって、相当の軍備を持ち、18歳以上の男はみんな兵役義務を果たし、女も志願して兵役を果たす者が多く、兵役後も予備兵としてライフル銃を各家庭に所持し、常に戦う備えができているからこそ、どうにか平和を維持しているのです。

最後に古代ローマの格言を紹介します。

「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ(Si vis pacem, para bellum)」。

ごきげんよう。


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著者かぶとたいぞう拝。


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