かぶとたいぞうです。
今日は母の命日です。他界してまる3年になります。
日本では他界した次の年、つまりまる1年経過で一周忌、次の年、つまりまる2年経過で三回忌なので、まる3年経過の今年の命日は特に仏教行事はありません。
でも、まる3年という節目に、母を忍び、生前の母に感謝して、昨日から準備したおりく膳を供えました。
手作りのおりく膳

煮物、卵焼き、ネギ味噌、きゅうりの漬け物、ごはん、味噌汁。そして母が好きだった梅酒、うちの畑でとれたトマト、お菓子など。庶民的だけど心を尽くしました。
そして朝ごはんを一緒に頂きました。
忍ぶ
忍ぶとは思い出すことです。
母がよく何かを説明したり私に教えてくれる時に「いっかぁ?」と最初に言っていたのを思い出しました。
母が病院に長期入院していて、私が内緒で外へ連れ出した時に、公園の鉄棒にとまったトンボを母が捕まえようとして、無邪気な、まるで子供のような顔で手を伸ばし、トンボが逃げた時にいかにも残念そうな顔をしたのを思い出しました。あの時母は生きていたのです。
今朝はそんなことを思い出しながら一緒にご飯を食べました。
感謝する
そして私が大過なく幸せに暮らせていることに感謝しました。
私は母を供養することで何かが良くなるとは思っていません。母に何かを願ったり祈ったり願をかけることもありません。ただ忍んで感謝します。
神仏にもそうです。何か願いがあって神仏に手を合わせることはありません。ただ感謝します。
願うことはない
願ったり祈ったりすれば叶うなんて思っていません。
いま自分が幸せなのは先祖とか神仏のお陰だと思って感謝しているのです。感謝して供養しているから幸せでいられるのかもしれないと思ったことはありますが、幸せになりたいと思って先祖や神仏に頼むことはありません。そんなことで幸せになれるほど世の中は甘くないと思っています。
ただただ忍んで感謝します。
心尽くしの手料理で供養する
だから、命日の供養には立派な儀式も高価なごちそうも要りません。自分で作る心尽くしの手料理を供えて一緒に食べるだけです。
きっと来年もそうします。
ごきげんよう。
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著者かぶとたいぞう拝。
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