かぶとたいぞうです。
今でも時々思い出します。
あれは引っ越しする前の家だったので、私が幼稚園に入る前です。おそらく私が4歳か5歳の頃だったと思います。
ある日、目が覚めると家の中が真っ暗で家族の気配がしません。不安になって電気をつけると、家の中がシーンと静まりかえっています。時計の針だけがカチッ、カチッと鳴っていました。
みんなどこへ行ってしまったのだろう。
世の中のすべての人間がいなくなったのかもしれないと思って窓から外を見ました。当時、ウルトラQか何かで、そんなストーリーがあったのです。
窓の外には通行人が見えました。家族は私をおいてどこかに行ったのです。
家の中でひとり。いくら待っても家族は帰ってきません。30分くらい経ったと思います。私はそのうちに泣き出してしまいました。
その頃の家には冷蔵庫も洗濯機もありませんでしたがテレビはありました。角の丸い白黒テレビです。テレビの上にアンテナを乗せたタイプでした。
カラーテレビを買ったのは私が小学校に入ってからでしたので、よく覚えています。
私は寂しさを紛らわそうとテレビをつけました。当時のテレビはスイッチを入れてから画像が出るまでに30秒くらいかかりました。
チャンネルを回すとマンガがやっていました。トムとジェリーのような外国のマンガです。私はテレビマンガが大好きでした。夢中になって見ました。
テレビ画面がコマーシャルに変わって、私はニコニコしながら母のほうを見ました。しかし、いつもは母が座っているイスに母はいません。母どころか、姉も父もいません。そうです。私は家の中でひとりだったのです。
また急に不安になりました。ベソをかきだすと、コマーシャルが終わり、またマンガが始まりました。10分くらいのマンガの2本~3本立てが当時は主流でした。今のサザエさんのような構成です。
私はまたマンガに夢中になりました。
マンガが終わって我にかえり、笑顔がまた不安な顔に戻りました。家には私以外誰もいないのです。時計ばかり気になりました。
家族は私を置き去りにしてどこかに行ってしまった。私は捨てられた。そんなことを思って泣きました。
窓から外を見たり、電話がかかってこないかと電話の前にいたり、時計を見たりしましたが、家族はいくら待っても帰ってきませんでした。
またテレビをつけましたが、子供にとって面白い番組はやっていませんでした。
玄関の引戸を開けて外に出ました。市場の前の家だったので昼間は人通りが多いのですが、夜になると人はまばらです。
少し道路のほうまで出てみました。左右見わたしました。遠くを歩く数人の人を見て、家族が帰って来たのかもしれないと期待しては、人違いだったことに気がついてがっかりしました。
そんなことを何回も繰り返しているうちに、なんか夜の街が怖くなりました。当時の私の家の近所には飲み屋が多く、酔っぱらいもいました。
私は家の中に戻り、ひとりで泣きました。
それから何時間経ったでしょうか。2、3時間のように思いますが、もしかしたら1時間も経ってなかったのかもしれません。子供だったから分かりませんでしたが相当な時間に感じました。
涙も枯れ果てた頃。玄関の引戸がガラッと開いて、父、母、姉が帰ってきました。姉はぬり絵のようなものを手に持っていました。そして一つをお土産だと言って私に渡しました。
「なんだ起きてたのかい」
母は笑いながら私を見て、私の頬に涙の後があるのに気づきました。
「なに、泣いてたのかい」
私はまたどっと泣き出してしまいました。
母は泣いている私を見てゲラゲラ笑いました。
「なに、なに泣いているの、どうしたの」
そう言って笑うのです。父も姉も笑っていました。
私は笑い事でないと怒りながら泣きました。
母は、私があんまりスヤスヤと寝ているから、起こしてはかわいそうだと思って3人で出た。何か美味しいものを食べて来た。私にはお土産を買ってきた。すぐに戻るつもりが遅くなった。などと弁解しながら肉まんのようなものを私にくれました。私は涙が止まらず食べることができませんでした。
姉がお土産のぬり絵を一生懸命私に見せて説明しましたが、まったく興味が湧きませんでした。
ただ、家族が戻ってきたことに安堵して、急に疲れてきました。泣き疲れだったと思います。私は知らないうちに寝てしまいました。
+++
今でも時々テレビを見ていると、その時のことを思い出します。
テレビドラマなどを見ている時は夢中なのですが、それが終わると現実に戻るのです。
現実に戻るのが嫌で、次々にテレビ番組を見ると、時間があっという間に過ぎます。その間はなにも考えずに済みます。なんの不安もありません。
そして何時間もテレビを見た後、やっぱり現実に戻るのです。
それが嫌で私はテレビを見ないのかもしれません。
私はテレビを見るという習慣を捨て、孤独に耐える、孤独を楽しむという道を選びました。
今では家でひとりでいても寂しくないし、テレビをつけようという気も起こりません。
ごきげんよう。
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著者かぶとたいぞう拝。
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