死ぬ時になって「何気ない毎日が幸せだった」と気づくことが予想できるから、私はいま何気ない毎日を楽しんでいる

かぶとたいぞうです。

私はいま那覇におりますが、札幌にいる時も那覇にいる時も、あるいはパタヤにいる時も、同じようなことをしています。

つまり、朝起きて、ゆったりとした気分でコーヒーやお茶を飲みながら景色を見たり、考え事をします。



つまらぬことを考えたり不必要な心配などをしない

なるべくつまらぬことを考えたり不必要な心配などをしないように心を落ち着かせます。

そしていい考えが浮かんだらブログに書きます。ブログを書いた後は散歩に出ます。食事は食べたくなったら食べます。

ブログに書く内容が決まらなかったら、先に散歩をしたり食事をすることもあります。

景色のいいところ、季節や風を感じるところを歩く

散歩はなるべく景色のいいところ、季節や風を感じるところを歩きます。

札幌の自宅付近なら川のほとりの小道や並木通りを歩きます。

那覇では波の上ビーチか運河沿い、公園などがお気に入りです。

パタヤではパタヤビーチを歩きます。



散歩の後はゆったりと過ごす

散歩のあとは、ゆっくりと過ごします。その日のやりたいことをします。

買い物に行って、季節ごとの旬の味を仕入れて自分でのんびり料理を作って食べるのも好きです。

夜はゆっくりお酒を飲んで、徒然なるままに思いを巡らせます。酒を飲みながら空想するのも好きです。

徒然草第百八段「寸陰惜しむ人なし」

徒然といえば、徒然草の第百八段に「寸陰惜しむ人なし」から始まる文章があります。

「一瞬、一瞬の時を大切にすれ」という意味です。

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つまらぬことに時間を費やさず、一番大切なことに時間を使いなさい

「つまらぬことに時間を費やさず、一番大切なことに時間を使いなさい」

吉田兼好はそう言っているのです。

吉田兼好が言っている「一番大切なこと」とは、仕事とか人と関わることではありません。それらは「世事」という言葉で切って捨てています。

仕事や人付き合いは必要なことかもしれないが大切なことではない

もちろん生きていくうえで仕事も人付き合いも必要です。しかしそれらは大切なことではないと吉田兼好は言っています。

では、何が一番大切なことなのか。吉田兼好はこう言っています。



心の中につまらぬ思慮分別を起こさず、世事に関わらないで、のんびりと楽しむ

「心の中につまらぬ思慮分別を起こさず、世事に関わらないで、のんびりと楽しむ」

また、徒然草の別の章ではこんなことも言っています。

「生きているという実感を噛み締めながら、ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐き、一瞬一瞬をありがたく感謝して過ごす」

+++

人は死期が近づいたら何を思うか

私は健康なのでまだまだ死なないとは思いますが、いずれ死期が近づいたら何を思うか。

きっと何気ない毎日が幸せだったと気づくでしょう。

決してもっと仕事をしておけば良かったとも、もっとお金を貯めておけば良かったとも思わないでしょう。もっと人脈を作れば良かったとも思わないと思います。そんなものはあの世では不要ですから。

人の評価も名誉も尊敬も気にしないでしょう。



何事もない健康で平和な毎日がいちばんありがたく、嬉しかった

そんなことよりも、何事もない健康で平和な毎日がいちばんありがたく、嬉しく、楽しく思い出されるはずです。

そんな事が今から予想できるから、私はいま何気ない毎日を楽しんでいるのです。

幸い、足ることを知った私の毎日はそれほどお金がかかりません。死ぬまで続けられると思います。

ごきげんよう。


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著者かぶとたいぞう拝。


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