【パタヤ生活】パタヤが私の終の住処(ついのすみか)になるような気がしてきた

かぶとたいぞうです。

人間の心は変わるものです。

4年前には、ただ、冬の間だけパタヤで越冬し、それ以外は札幌で生活するイメージを抱いていました。

コロナ前には本気でパタヤで生活するつもり満々でしたが、苦労して自力で取得したリタイアメントビザがコロナ禍の帰国で失効し、パタヤに戻って再度申請するのがおっくうになっていました。



パタヤは4ヶ月でいいか

だったら、どうにか2ヶ月だけパタヤで過ごした後、短期間帰国、あるいは隣国に移り、再度タイに入国して毎年都合4ヶ月もパタヤにいればいいのではないかと思ったのです。

札幌が一番寒い12月~3月の4ヶ月だけでも常夏のパタヤで避寒できれば幸いと思っていました。

ところが

ところが、思いがけず今のアパートに空室を見つけ、とりあえず4月上旬までの賃貸契約をして住み始めたのが3年半前。住んでいるうちに、このアパートの住環境がたいへん気に入りました。

折りも折り。ビザ業者に頼めばリタイアメントビザが簡単に手に入る情報を聞き、このアパートの住人はほぼ全員同じビザ業者に頼んでいることを知ったのです。

ためしにビザ業者を訪ねれば説明が分かりやすく、頼んでみたい気持ちになってしまいました。



アパートも

アパートの大屋さんに賃貸契約を延長できるか聞くと、4月上旬までの契約を満了した後に、新たに年契約をすれば11ヶ月分の家賃で1年住むことができ、あとは更新更新で何年でも住めると言われました。

大屋さんも人柄が良く親切で話の分かりやすい人でした。

それで、4月以降も1年契約して、1年のうちの半年もパタヤに住めばいいと思ったのです。半年しか住まないパタヤのアパートに1年分の家賃を支払うのは割高ですが、このアパートが気に入ったので全然高いとは思いませんでした。現在このアパートは常に満室状態で、あの時に年契約していなかったら、このアパートにはもう一生入居できないところでした。縁があったのです。

あれから3年半

あれから約3年半。

今では半年どころか1年のうちの8ヶ月はパタヤで生活しています。札幌は夏の4ヶ月だけです。当初のイメージの逆になってしまいました。

そして今。

私の気持ちはさらに変わってきており、1年のうちの2か月くらい、ほんと、真夏の7月8月だけを札幌の一軒家で過ごし、あとはパタヤにいてもいいような気分になっています。



今年は例外

今年は自動車運転免許の更新のため、やむなく5月に札幌に帰りますが、8月末か9月上旬にはパタヤに戻る予定です。

来年は特に用事がないので、帰国は7月でもいいと思っています。

母も死んだし、特に札幌にいる必要はないのです。仲の良い友達には札幌で会いますが、長く札幌に留まる必要はありません。誰もいない札幌郊外の一軒家でひとりで暮らすより、パタヤの繁華街に近いこのアパートで暮らしたほうが賑やかです。友達も何人かできました。

パタヤのほうが安心

今では札幌での付き合いより、パタヤでの付き合いのほうが増えています。

何かあっても札幌の一軒家よりはパタヤのアパートのほうが安心です。まわりに常に人がいます。札幌だと日中は誰もいませんが、ここだといっぱいいます。

老後もこのままパタヤで暮らしたほうが、経済的な面でも医療サービス、介護サービスの質の面でも精神的にも豊かに安心して暮らせるような気がしています。



安否確認サービス不要

このアパートの住人はお互いに声をかけ、お互いに助け合っているから安心なのです。安否確認サービスなんて要りません。

また、いざとなったらパタヤには老人ヘルパーサービスも老人ホームもあります。料金も安いし私の英語も少しずつレベルが上がっており、十分通用すると思います。

このアパートの住人はほとんどが英国人かオーストラリア人で、彼らもたまには帰国しますが、せいぜい1ヶ月くらいです。

ここの住人と仲良くする

私も今にそうなるのかなぁと、まるで他人事のような目で自分を見ています。

ここにいて隣近所のファラン(欧米人)や大屋さん、タイ人たちとしっかりコミュニケーションをとっていれば、私の老後の道は拓かれ、パタヤが私の終の住処(ついのすみか)になってもおかしくないような気持ちになりつつあります。

ごきげんよう。


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