【足ることを知る】「足る」と「満足する」の大きな違いに最近気づいた

かぶとたいぞうです。

最近「はっ」と気がつきました。

と言ってもそれほど驚くべきことではありませんが。



「満足」とは

人はよく「満足」という言葉を使います。

漢字の意味から解釈すると、満杯に足りる、満ち足りるという 意味 のようです。

例えばここにコーヒーカップがあったとして、「満足」とはコーヒーカップの上ギリギリまでコーヒーが入っている状態だと思います。 もしかしたら表面張力でカップよりわずかに上に浮き出てるかもしれません。 ちょっとした衝撃でこぼれるぐらいの量です。

人は「満足」を求める

人は「満足」を求めますが、実際「満足」状態になると、ちょっとした衝撃でこぼれてしまうのです。

いっぽう、「足る」とは「足りる」という意味ですから、コーヒーカップに八分目 ほど コーヒーが入っていたら、十分に足りるのです。 手で持って多少 揺れてもこぼれることはありません。

「足ることを知る」とは、簡単に言うと そのようなイメージだと思います。



コーヒーカップはその人の器

コーヒーカップを自分の器だと思えば、 小さなコーヒーカップ(小さな器量)にナミナミコーヒーを入れようとして、こぼしてしまうような話です。

大きなコーヒーカップ(器量の大きな人)なら、半分ぐらいのコーヒーでも十分 多いのです。

人は自分の器量以上にコーヒー(生活レベルや財産、心の平安)を注ぎ込むことはできません。

「足ることを知る」とは

「足ることを知る」とは、自分の器以上に欲張って、あれもこれも手に入れようとすることへの戒めなのかもしれません。

AIに聞いたら、「足ることを知る」とは「現状に満足すること」と答えましたが、 全く違います。

むしろ 満足してはいけないのです。満足すること、満足しようとすることへの戒めなのです。

「満足」には先がありません。「満足」は崩壊するのみです。いっぽう未完成には道があります。



「足ることを知る」とは「感謝する」こと

いま、ここ、に生きていることだけでも十分だと思って、生に感謝し、生きる喜びを感じて毎日の生活を楽しむことができる人は豊かな人です。

老子も「足るを知る者は富む」(第33章)と言っています。

「足る(こと)を知れば富む」とも解せますが、「足る(こと)を知っている人は既に富んでいる」とも解せます。

私の解釈

私は経済的には全然富んでいませんが、 足ることを知ったおかげで 心は豊かです。

だからきっと、「足る(こと)を知っている人は既に富んでいる」という意味だと思います。

いずれにしても、「満足」を求めてはならない、「満足」してはならない、という考えに最近気づきました。

「足る」と「満足」は全く違うということに最近気づきました。



いや

いや、 よく思い出せば前から知っていたような気もします。

「腹八分目」も心がけたし、何かを期待したり願ったりすることもありませんでした。「無為自然」も心がけていました。

だから 以前から なんとなくわかっていたことが、 言葉としてはっきり言えるようになった、 というのが現実に近いです。

私はこれからも、 足ることを知り、 あらゆるものを受け入れ、感謝しながら生きていきたいです。

それが自分の心と体の健康に良いことを確信できるからです。

ごきげんよう。


【関連性の高い記事】



【かぶとたいぞう有料ノート】

【あわせて読みたい】


同じカテゴリーの最新記事5件


「カブとタイ」をいつもお読みいただき、まことにありがとうございます。
著者かぶとたいぞう拝。


記事のカテゴリー/タグ情報

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*