かぶとたいぞうです。
今朝未明。 午前2時半頃、目が覚めてなかなか眠れませんでした。 寝ながら悶々と何かを考えていて、そのうち目がすっかり覚めてしまったので居間に降りました。
気づき
色々考えてるうちに大事な気づきがありました。私はその気づきを忘れないうちにスマホに打ち込み、気分が落ち着いたのでまた寝ました。
二度寝をして今朝は少し遅く起床し、 深夜に打ち込んだ文章を読み返してみました。 夜中に思いついたにしては我ながら素晴らしい気づきだったので、 スマホに打ち込んだ文章を原文のまま 読者の皆さんに披露します。
どなたかの参考になれば幸いです。
私の気づき
(以下原文)
己(自ら)を知るは明(めい)なり。
私は己を知りつつある。明に近づいているような気がする。
私は自分のことなら受け入れがたいことでも受け入れることができる。目の前に飛蚊症が激しく現れて何ヶ月も消えなかった時も、咳が1カ月以上止まらなかった時も、耳と喉が何日も腫れた時も、落ち着いて放置して黙って受け入れた。そして自然に治った。無為自然。
おそらく子供の頃から過敏性腸症候群と迷走神経反射の痛みに耐えた経験があるからだと思う。どうしようもないことを素直に受け入れて耐えることができるのだ。この分なら死をも上手に受け入れることができるかもしれない。我ながら素晴らしい性格だと思う。
※
ところがいっぽう、私には他人から言われた、ちょっとした言葉を、いつまでも、いつまでも、くどくどと気にするところがある。
気にしてもしかたのないことなのに、いつまでも腹を立てたり「あいつはどうして私にあんな事を言ったのか」と気に病んだりする。嫌な性格だ。
※
自分の気分や行動は自分でコントロールできる恐らく唯一のものだ。他人の行動や性格は他人のものなので変えられない。過去も変えられない。未来も厳密に言うとコントロールできない。明日自分は死んでいるかもしれないからだ。いつどのように死ぬかを考えてもしかたがない。考えてもしかたのないものを考えるのは無駄だ。
唯一自分でコントロールできるのは、あるいは変えられるのは、または考えるべきことは、自分が今、どう行動するか、今、何をするかだ。
笑うか、泣くか、安穏な気分になるか、腹を立てるか、である。その唯一コントロールできることを自らコントロールせずに、コントロールできないもの(他人の性格、過去の嫌なこと、将来の不安など)をいつまでも考えるのはアホのすることだ。
※
私は他人の性格に腹を立て、長々と感情を乱し、自分の感情を自分でコントロールできないのだからアホだ。アホ確定だ。はっきり分かった。自分はアホだったんだ。
どうして今まで気が付かなかったのだろう。たぶん人から「おまえはアホだ」と言われたら、また腹を立てて聞き入れなかったろう。誰かのブログなどで読んでも「偉そうに、知ったふりをして」と批判的に読んだだろう。今回は夜中に目が覚めて自分でいろいろ考えているうちに自分で自分がアホだと気づいた。自分で気づいたから素直に受け入れることができたのかもしれない。
でも、自分がアホだと分かっただけでも、少しは明に近づいたような気がする。己を知ったからだ。
今後も他人の言葉に腹を立てることがあるだろうが、立ち直りは早くなるかもしれない。
※
それともう一つ分かった。「足ることを知る」は突き詰めると「今を楽しむ」ことだ。私は自分では足ることを知ったと思っていたのに、他人の評価を気にしていた。これでは足ることを知ったとは言えない。本当に足ることを知った者は他人に何かを言われても気にせず、今を楽しむことができるはず。息を吸って、息を吐いて、生きる喜びを感じ、感謝し、今を楽しく生きるはず。
私の「足ることを知る」は物質面、経済面、肉体面では会得していたが、精神面では未熟で片手落ちだった事を知った。
※
でも自己否定はしない。私はこの年になっても新たな気づきがあり、自分がまだ成長できることを知ったし、やはり明に近づいていると感じるのでうれしい。
(原文以上)
ごきげんよう。
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著者かぶとたいぞう拝。
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