【死を見つめる】死ぬ準備の参考書。「人間の死に方 医者だった父の、多くを望まない最期」久坂部羊 著

かぶとたいぞうです。

何気なく、久しぶりに Facebook を見たら、税理士である井上徳四郎先生の投稿が目に止まりました。

医師である久坂部羊さんの本の引用でした。

やはり医師だった父親の死に関する体験談です。



昨日、本が届いた

とても気になったので Amazon で注文したら昨日の夕方届きました。

少し読んでるうちに夢中になり、昨夜と今朝で一気に一冊読んでしまいました。 それほど 引き込まれる内容だったのです。

著作権に反するかもしれませんが、 本の紹介を兼ねて 一部引用させていただきます。

「人間の死に方 医者だった父の、多くを望まない最期」久坂部羊 著

(以下引用)

マスメディアは、孤独死を不幸のように取り沙汰するが、私は必ずしもそうは思わない。

誰もいない部屋で、たった一人で死んでいくのは、さぞかし 寂しいだろうと思うのは、当事者でない人の勝手な空想だ。 もし、寂しさに耐えられないなら、元気なうちに家族やパートナーを持つだろう。

孤独に暮らすにも、家族を持つにも、どちらにも良い面と悪い面がある。孤独だと自由気ままに暮らせるが、寂しい。家族がいると寂しくないが、自由気ままに暮らせない。 自由気ままで寂しくもないというような、都合のいい相手は普通いない。いたとしたら、本人はいいかもしれないが 相手はきっと迷惑している。

孤独死の良い面は、余計な医療を施されない分、死ぬ苦しみが最低ラインで収まるということだ。その証拠に孤独死で発見された人が、畳をかきむしるような苦痛の痕を残していることはまずない。



※(中略)

孤独死の良い面は他にもある。 生きている間、人の世話にならずに済むことだ。

高齢者は、世話をかけることを極端に厭(いと)う人が多い。 人の世話にならなければ生きていけない自分が情けなくて、惨めで、こんな状態ならもう生きていたくないと思うのだろう。

そんな時、認知症になっていれば楽なのだが、そう都合よくはならない。麻痺や老化で身体だけが衰えて、頭がしっかりしている人はほんとうに気の毒だ。

孤独死の場合は、その気遣いがなくて済む。自分にできる範囲で生きて、それができなくなって死ぬのだから、他人に世話をかける前にこの世とおさらばできる。

(引用以上)

本の内容

他にも、家族による介護の大変さや延命治療がいかに悲惨で効果が少ないか、 など、現実的な医療現場の実態がたくさん書かれていて参考になりました。医者だからかけることばかりです。

家族に関する面白い逸話もあり、 笑える場面も多いです。

久坂部羊さんの文章はとても面白く、言っていることは、 正しいように思いました。 だから久坂部羊さんの他の本も読みたくなりました。



死ぬ準備

老境に入ると死ぬ準備が必要です。準備なく、いきなり死が訪れると人は慌てふためいて混乱します。

私は少し前から自分がどう死ぬかを考えていました。そんな中、久坂部羊さんの本と出会ったことに感謝しております。

ごきげんよう。


【関連性の高い記事】



【かぶとたいぞう有料ノート】

【あわせて読みたい】


同じカテゴリーの最新記事5件


「カブとタイ」をいつもお読みいただき、まことにありがとうございます。
著者かぶとたいぞう拝。


記事のカテゴリー/タグ情報

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*