【自分の老後】認知症、寝たきり、介護、看護、そして自分の最期に関しての独り言

かぶとたいぞうです。

今日は独り言なので、人に話す「です・ます」体ではなく、これ以降は、いつもの自分の心の中の問答の会話体で書きます。

人間の心、性格は、「感じる、感じかた」(幼少期、主に母親とのやりとりで)、「行動する、行動のしかた」(小学校に入る前あたりから、親のまねをして)、「考える、考え方」(小学校以降、主に先生や友だちから学んで)の順に形成されるそうだ(WHOによる定義)。

歳をとると逆に「考える」を失い(認知症)、次に「行動する」を失い(寝たきり)、最後には「感じる」ことすら失い、生まれたばかりの赤ちゃんに戻るような気がする。きっとそうだ。

そう考えれば、年寄りに腹を立てる必要はないと思える。ウンチを漏らす赤ちゃんを怒って叩く人はいない。



しかし実際はどうか

しかし、実際には赤ちゃんをかわいがる人は多いが、赤ちゃん化していく年寄りをかわいいと思う人は少ない。姿形もシワクチャでかわいくないし、赤ちゃん化する過程で(認知能力を失い、焦るからか)怒りっぽくなって、周りの人を口汚く罵ったり文句を言うからだと思う。

実の子供でさえ年老いた親を疎ましく思うことがあるのだから、他人である介護士、看護士なら腹立たしく思うのは当然だと思う。仕事だから仕方なく世話をしているのだと思う。感情を交えずに、ただ機械的に作業するしかないのだろう。

どうすればいいのか

年寄りも気をつけて、歳をとればとるほどに、かわいらしく振る舞い、できるだけかわいい顔をすればいいのだと思う。私はそうしたい。

でも、どんなにかわいらしく振る舞っても虐待される可能性はある。

実の子でさえ捨てたり、放置したり、虐待する親がいると聞く。ましてや他人の子なら泣き声すら腹立たしく思う人もいるようだ。

相手が年寄りならなおさら腹立たしいだろう。うるさいし、汚いし、臭いし、わがままだし。



私もそう思うか

考えてみれば、かく言う私もパタヤのアパートのとなりの部屋の英国老人に腹を立てることがある。テレビの音もうるさいし、タンを吐く音が許せない。

今の日本は年寄りが多すぎるから、現役世代の中には年寄りを憎んでいる人も多いような気がする。年寄りのために給料からかなりの健康保険料、年金保険料、40才以上ならさらに介護保険料までガッポリ取られているのだから。

私は現役時代に、年金を払いたくないと思っていた時期があった。

ではどうするか

こんなことは考えても仕方のない話だ。でも私は仕方のない話では済ませない。

日本で老後をおくるなら、うんとお金を残して最高級の老人ホームに入る。

あるいはこのままパタヤのアパートで暮らせるだけ暮らして、最後はジョムティエンあたりの老人ホームに入りたい。

タイは日本より物価が安いので老人ホームも安い。タイも少子高齢化が進んでいるが、日本ほどではないので、お金さえ払えば手厚く介護、看護してくれそうな気がする。

どっちに転んでもいいように、今はとにかくお金を残しておきたい。

そうしないときっと地獄を見ることになる。

+++



自分さえ良ければいいのか

自分さえ良ければいいのか。

そうではないが、他人のことまでは考えられない。もし時間とお金とエネルギーに少しでも余裕があるなら、年寄りではなく、未来を創る子供たちに振り向けたい。

余裕があったら今からでも少しずつ、こども食堂を手伝ったりお金を出そう。

日本の未来が変わるかもしれないから。

独り言はここまで。

ごきげんよう。


【関連性の高い記事】



【かぶとたいぞう有料ノート】

【あわせて読みたい】


同じカテゴリーの最新記事5件


「カブとタイ」をいつもお読みいただき、まことにありがとうございます。
著者かぶとたいぞう拝。


記事のカテゴリー/タグ情報

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*