【目黒女児虐待死】5歳の結愛ちゃんを体罰でいじめ殺した船戸雄大の異常性と経歴

かぶとたいぞうです。

5歳児の結愛ちゃんに食事も与えず体罰を与え続け衰弱死させた船戸雄大被告。その異常性はどこからくるのか。札幌にもゆかりのある人だと聞いて少し調べてみました。



 

船戸雄大

ぱっと見た感じではそれほど悪い人には見えません。他の事件のように「元ホスト」とかチンピラでは無いようです。

しかし事件をよく調べると、異常と言うしかない執着を持った人だということが分かります。



本来子供は可愛いはず

私にも2人の子供がいます。はっきり言って子供は可愛いです。今はもうすっかり大人になりましたが、いまでも自分の子供は可愛いです。

あまりにも可愛いからついつい子供には甘くなります。それで目に余ることがあれば「心を鬼にして」子供をしかりつけるのです。子供の将来のためにです。子供をしかるときはとてもつらいです。

それでも本気では怒れません。つい手を抜いてしまうのです。それでなるべく他人に教育を任せます。習い事をさせたり、部活をさせたり、あるいは人の家に奉公に出す。「他人の釜の飯を食う」修行です。

船戸雄大被告の異常な厳しさ

今回、船戸雄大被告は5歳児の結愛ちゃんに食事も与えず、布団たたきで体があざだらけになるまでたたき、風呂場で冷水を掛けてせっかんし、顔が腫れ上がるほど殴り、食事が喉を通らないぐらい衰弱させて最後には殺しました。「しつけ」「教育」のためだと本人は言っています。

裁判では弁護人が「最後の質問です。(亡くなった)結愛さんに対して(今は)どういう気持ちですか」と質問すると、雄大被告は即答できず何度もはなをすすりあげて「私が親になろうとして、ごめんなさいという気持ちです」と答えました。

「親になろうとした?」ふざけるなです。親が「しつけ」「教育」のために子供を衰弱死させるものですか。ここまでひどいことをやっておいてなお弁明の機会を探ろうとし、裁判員の心象を考えた返答をする船戸雄大被告に怒りさえ覚えます。

結愛ちゃんを「教育だ」と言いながら執拗にイジメて、最後には衰弱して何も食べられなくなり、体重が12キロになっても放置したのです。病院に連絡をしなかったのは、結愛ちゃんにたいする虐待がばれることを恐れたからです。本人が裁判で証言しているとおりまったくの保身です。

情状の余地はまったくありません。私には人をさばく権利はありませんが、もし私が決めて良いなら船戸雄大は死刑です。子供を何だと思っているんですか。



結愛ちゃんは配偶者優里被告の「連れ子」

結愛ちゃんは配偶者である優里(ゆり)被告の「連れ子」でした。別れたので元配偶者というほうが正しいです。

優里被告も優里被告です。「雄大被告の報復を恐れて結愛ちゃんへの暴力を止められなかった」「報復を恐れて警察にも病院にも知らせることができなかった」と裁判で証言しています。そのくせ結愛ちゃんだけ家に残して雄大被告との間に生まれた幼児と3人で観光旅行に行っているのです。同罪です。母親だったらなぜ命がけで我が子を守らなかったのかと腹が立ちます。

優里被告にはすでに8年の判決が出ています。8年では足りません。

優里(ゆり)被告

どうして船戸雄大は結愛ちゃんに極端な食事制限をしたのか

極端な食事制限をするようになった原因も自分勝手なものです。

香川で結愛ちゃんにたびたび暴力をふるい、児童相談所の指導でしばらく結愛ちゃんと元妻優里被告と距離をおいた船戸雄大。東京に移転しやり直そうと、一足先に上京していました。

その後元妻優里被告とともに上京した結愛ちゃんに香川での様子を聞いて激怒したそうです。

裁判では次のように答えています。

雄大被告「(この間、香川では)食事をものすごくいっぱい食べて、勉強していなかったという内容だったと思います」

その結愛ちゃんの答えに激怒して食事を与えなかったと言うのです。

普通親なら「そうかいっぱい食べたか。良かったね。何を食べたの」といって一緒に喜ぶものです。食べたことに激怒する親がどこにいましょうか。

結愛ちゃんはまだ5歳です。体の発育にも頭の発育にも良質な食事がとても大切です。肥満児で体重を減らさなければならない子供ではありません。



雄大被告の異常な教育方法

それと、雄大被告は結愛ちゃんが遊ぶとすごく怒ったようです。そして勉強させることにものすごい執着をもっていたようです。掛け算の99を教えていたようです。まだ5歳ですよ。この年齢なら遊びが勉強のはずです。

他にも裁判記録を見ると、雄大被告には「教育」に対する異常性がたくさんあります。

とにかく理屈っぽい。5歳児にフローチャートを見せて理詰めで「しつけ」をしていました。

説教が始まったら5歳児に正座させて2時間にも3時間にも及んだらしいのです。5歳児に「反省文」を書かせていたようなのです。

この雄大被告の異常性はどこから来るのか。雄大被告自身はそれほど優秀で几帳面な性格なのか。

いや、私の経験ではまったく逆です。

中途半端な奴ほど人には厳しい

中途半端でたいしたことの無い人ほど人には厳しいのです。弱い人ほど子供や目下の者に対して強がるのです。だらしのない人ほど相手に規則正しさや几帳面さを求めるのです。

逆に苦労して何かを本気でやりぬいた人は他人には優しいし多めに見ます。

きっと船戸雄大という男はたいしたことのない人間なのだろうと予想しました。苦労を知らない奴だと思いました。中途半端でなんでも途中で投げ出すような、だらしのない男に違いないと思いました。

それと、こんな人が札幌にゆかりがあっては困るとも思いました。北海道の本当の「雄大」な自然環境で育った人間がこんなちっちゃいわけがないのです。

船戸雄大についてネットで経歴などを調べました。ところが不思議と痕跡がないのです。雄大はもとSEらしいのでSNSなどのデータを残さず消したのかもしれません。

でもようやく見つけました。NEWSポストセブンの記事に経歴が載っていたのです。

出展:NEWSポストセブン



船戸雄大の経歴

船戸雄大は岡山県で生まれ、小学生のときに千葉県、札幌市と転居(ここまでは東京地裁第4回公判で明らか)。高校時代は北海道で過ごし(高校は不明)、その後東京の帝京大学を出て、東京のケーブルテレビ会社に就職。転勤で札幌に戻り(ここまでNEWSポストセブン)、仕事がつらくて会社を退職。そのままススキノでキャバクラのボーイになったようです。

そのうちにススキノのキャバクラもやめ、友人の紹介で香川県のキャバクラで働くようになり、そのキャバクラで当時子供を抱えてホステスをしていた優里被告と出会い交際。できちゃった結婚(長男)して優里被告と香川県で暮らすようになり香川の冷凍食品会社で社内SEとして勤務するようになったようです。

両親は現在札幌に在住。

まぁはっきり言ってそれほど優秀でもまじめでもないような気がします。こんな人が極端な「理想」を求めて妻の連れ子が衰弱して死ぬまで「教育」「しつけ」をするのですね。

札幌育ちのようですが、北海道の人とは認めたくない気持ちになります。

北海道で育ったのにどうしてこんなにちっちゃな人間になってしまったのでしょうかね。

優里被告は「優しく」ないし、雄大被告は「雄大な」心を持っていない。名を付けた親の期待むなしく「名は体(たい)を表す」わけではありません。

雄大被告にはやく死刑になって、あの世で結愛ちゃんに償って欲しいです。

ごきげんよう。


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著者かぶとたいぞう拝。


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