生きるためには「できること」をやる、「好きなこと」は老後にやるものだ

かぶとたいぞうです。

「好きなこと」をやりながら生きていける人は、ごく稀だと思います。



「好きなこと」を進路にしたら失敗するかもしれない

若者は就職先や進路を決めるとき、周りの人から「あなたは何が好きなの?好きなことをやるのが一番」と助言されることが多いようです。

そして「自分はいったい何が好きなんだろう」と悩むのです。

「好きこそものの上手なれ」とは言うが

確かに「好きこそものの上手なれ」とも言います。好きであればたいていは得意でしょうから、その人に向いているのかもしれません。

しかし「下手の横好き」という言葉もあります。

また、「好き」という概念には「楽しい」、「楽だ」というニュアンスもあります。



映画が好きでも映画評論家にはなれない

例えば映画や音楽は誰だって好きです。見たり聞いたりするだけだから楽しいし楽です。しかし映画が好きだからといって誰でも映画評論家になれるわけではありません。

ピアノが好きだからといっても、誰もがピアノで稼げるわけではないのと同じです。

かく言う私も高校生のとき「好きなこと」を進路に選んで失敗しました。

高校卒業後の進路、私の失敗談

私が入った高校は北海道でも有数の進学校でした。毎年最低でも数人は東大に合格するレベルでした。

そんな高校でしたから、同級生はみんな頭がいいのです。中学生までは勉強が得意だと思っていた私も、高校に入ってすっかり自信を失ってしまいました。



ラグビーに明け暮れて料理人の道に進んだ

勉強では同級生らに勝てないと悟った私はラグビーばっかりやりました。そして高校卒業後は料理人の道に進みました。家が貧乏だったことも進路に影響しました。

私は料理が好きでした。特に自分で創作料理を考案するのが好きでした。色合いを考えながら華やかに盛り付けたりするのも好きでした。生物学が好きだった私は栄養学に関する知識や調理の科学にも興味がありました。

私は高校卒業後、東京の料理店に見習いで入りました。

理想と現実とのギャップ

そこに待ち受けていたのは毎日の皿洗いと野菜の皮剥きばかりの日々でした。

赤切れができるまで洗い物をさせられました。先輩には鍋の底で何回も頭を叩かれました。

「オマエは理屈が多い、体で覚えろ」といつも叱られました。

今は違うかもしれませんが、当時の板場には封建制度が色濃く残っていました。



料理人の世界には料理が得意な人はいくらでもいる

この世界には料理が得意な人がいくらでもいて、私なんかは足元にも及ばないことを知りました。その中でシゴキに耐えて修行を積んで、それでも日の目を見る者は一握りしかいないことを教えられました。あとはみんな先輩に潰されていくのです。

私にもっと料理への情熱と素直さと忍耐力と対応力があればこの道でもいい線まで行けたかもしれません。でも私はただ単に料理が好きだっただけなので途中で挫折しました。

料理人の道に挫折してはじめて人生を考えた

挫折した私はしばらく何をしたらいいのか考えました。この時、自分の人生を本気で考えたお陰で今の私があるのだと思います。

私はその時、「好きなこと」をやるのではなく、自分に「できること」「得意なこと」をやろうと思ったのです。生きていくにはそれしかありませんでした。



私は理屈が得意だった

板場では先輩に「オマエは理屈が多い、体で覚えろ」と何回も叱られましたが、私は理屈っぽい人間です。理屈をこねるのが得意なのです。逆に言うと、理屈をこねることぐらいしかできません。

それに気づいた私はあれほど嫌いだった勉強をまたやってみる気持ちになりました。

私にとって勉強は「嫌いなこと」でしたが、「できること」だったし「得意なこと」だったのです。

勉強こそ理屈のかたまり

勉強というのはすべて理屈です。もともと理屈が得意だから勉強をして進学校にも入れたのです。もしかしたら私が一番得意なことは勉強とか理屈をこねる分野なのかもしれないと悟ったのです。

自分のような理屈っぽい人間は理屈の世界でしか生きていけないと悟ったのです。理屈っぽい男って嫌なイメージですが、それが私なのですから仕方がありません。



1年間、飲まず食わずで勉強

それから約1年間、私はほとんど飲まず食わずで勉強しました。そして1年後、幸運なことに入りたいと思っていた大学に合格できました。お金はありませんでしたが、どうにか工面しました。

大学卒業後はSEに、そして経営コンサルタントに

大学卒業後はコンピュータ会社に就職しSEになりました。コンピュータプログラムは100%理屈の世界です。1つでも理屈に合わないものがあると動きません。まさに私にピッタリの仕事でした。

私は更に理屈を極めました。経営学やマーケティングの理屈を覚えて中小企業診断士になり、独立して経営コンサルタントになりました。

理屈をこねてお金をいただくのが得意だった

数多くの会社と顧問契約をして経営者や幹部社員の前で理屈をこねました。そして結構なお金を頂きました。

私は経営コンサルタントになりたかったわけでもないし、そういう仕事が好きだったわけでもありません。それしかできなかったからそうしたのです。その仕事なら自分でも稼げそうなのでその仕事を選んだのです。

そして今は「好きなこと」をやって老後を楽しんでいる

そして今は引退して、わずかばかりの資産を米国株で長期運用しながら好きなことをやって暮らしています。

好きなパタヤで、毎日創作料理を作ったり、ブログを書いたり、絵を書いて楽しんでいます。

みなさんもなるべく早く「好きなこと」がやれるよう、早めのリタイアをおすすめします。

ごきげんよう。


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「カブとタイ」をいつもお読みいただき、まことにありがとうございます。
著者かぶとたいぞう拝。


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“生きるためには「できること」をやる、「好きなこと」は老後にやるものだ” への2件の返信

  1. いつも楽しく読ませていただいてます。
    私も50歳代後半(カブタイソウさんより若干若いかも)で、SEで社会人を始め、
    20歳代で中小企業診断士をとり、コンサル会社等転職し、現在SI企業で現役で
    若い人と混じってプロジェクトを切り回しています。カブタイゾウさんの
    ように強烈な生い立ちではないものの共通点があり親近感を感じています。
    低コストの生活重視や色物に距離をおいてることやゴルフ三昧の生活に意味の
    ないこと等を認識されており、そう言ったことを踏まえた実生活のディテールの
    ブログ記述は、非常に参考になります。
    私にとっても、これからどこに住もうが、どういう生活を送ろうがブログの内容
    は非常に参考になります。
    異国の地の生活、くれぐれも健康に気をつけ、楽しいブログの記事を書き続けて
    くださいませ。

    • コメントありがとうございます。とても嬉しいです。これからもよろしくお願いします。

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